第四章 ガマとカエル・その表現
この章では、カエルの種類の違いとその表現の違いについて述べていきたい。カエルと一口に言っても様々な種類の違いがあるのだが、ここではカエルとガマの二つに絞ってみていくことにする。
まず、随筆を中心にどのような話にカエル、ガマが出てくるかを調査してみた。
『耳袋』では、ガマが動物の精気を吸い取り、息を吹きかけてイタチを殺している。『甲子夜話』『甲子夜話三編』では、蟾蜍が気を吐いて者や虫を引き寄せている。そして、『甲子夜話』『甲子夜話三編』でガマが虹を吐いている。『北窓瑣談』では、ガマを踏んだら熱いガマの息がかかって腫れたという話が見える。ガマが口から何かを吐いたり物を引き寄せる話は、ガマ、蟾蜍の登場する話で多く見られる。
参考のため、随筆以外に登場するガマの例もあげてみる。
『今昔物語集』「近衛御門倒人蝦蟆語」巻第二十八 第四十一
近衛御門に人を倒す蝦蟆がいた。
『傾城島原蛙合戦』 敵である七草四郎が蝦蟇の術をつかう。
『天竺徳兵衛韓噺』 ガマの妖術を身につけた主人公が大暴れする。
『児雷也豪傑譚』 主人公の児雷也がガマの妖術を使う。
ここまで見てきたガマの特徴は、ガマが霊力、妖力を持っている、または持つものとされている点であり、それもいくつかのタイプに分類することができる。
カエルの登場する話では、鳴き声に関する話やカエルの観察記録が中心である。
『雲錦随筆』 モズの早贄について
『鋸屑譚』 蛙の歌袋について
『笈挨随筆』 井出の蛙、蛙の声を封じる話
ただし、例外的にカエルが関わる不可思議な話も出てくるので必ずしも妖異なエピソードはガマの専売特許ではないことが分かる。
この場合、カエルという表現をカエルもガマもすべてを含めた表現であると仮定すれば、妖異なことを起こすというガマの属性をカエル全体の属性の一つとして考えられていた可能性があるからである。
しかし一般的には、詩歌などで培ってきた伝統もあるのであろうが、カエルは鳴くものだという性格が強いと思われる。そしてカエルとガマは、一応区別して表現されていたと考えられる。
特に、ガマの表現法は単なる種類の違いから来る差と言うにはかなり特殊であった。
では、なぜここまでカエル、ガマの表現に違いが生じたのだろうか。
ガマ(蝦蟇、蟇、蟾蜍)は他の蛙の仲間にくらべて、姿かたちが醜怪で不気味の感を与えるところに、その行動にも何となく計りがたいように感じさせるものがあって、古来とかく妖異な性格をそなえ、霊性のあるものとみなされがちだった。
(碓井益雄『蛙』一九八九・十)
古来よりガマが霊性のあるものとされていた例は、第二章一節でも述べたように『万葉集』『古事記』『祝詞』に見られる。
これらに登場するタニグクとはヒキガエルのことである。ガマが妖異なものであるという考えは日本だけのものではなく、中国からも影響を受けていると思われる。
『淮南子』『抱朴子』に、霊性を感じさせるガマの話が掲載されている。
碓井氏は「姿かたちが醜怪で不気味の感を与える」「行動にも何となく計りがたい」と述べているが、その姿、かたち、行動について少々説明すると、ガマの外見の特徴は背中のたくさんの疣であり、行動はのそのそと地を這うように移動する。
はじめのうちは外見や行動からの連想で霊力があると見られていたガマも、やがてそのイメージだけが先行して「ガマ=妖異なもの」という一つのパターンが形成されていったのだろう。
また、ヒキの語源として「氣ヲ以テ子蟲ヲ引寄セテ食ヘバ名トスト云フ」(『大言海』)という説がある。このようなところから、ガマが息を吹きかけると死ぬというような、ガマの息の霊力に関する話が生まれていったのだろう。
ガマ、カエルの表現の違いを比較したことで、カエルの種類が違うと、異なる生き物と見られていたことがわかった。そして、その性格や位置付けも異なるものとして描かれていたのである。