第二章 日本文学における蛙の概観
第五節 近代
近代になってカエルは更に多くのジャンルに登場するようになった。小説『赤蛙』(島木健作)戯曲『蛙昇天』(木下順二)が主なところである。
ここでは特に、カエルの詩を読んで有名になった草野心平を取り上げてみる。
詩人・草野心平
草野心平(明三六〜昭六三)は明治時代から昭和後期という激動の時代を生きた詩人である。中国広州にある嶺南大学で学んでいる頃から詩を作り始め、活発に詩作活動を行うようになった。彼の詩の特徴としてアナキズム─無政府主義があげられるが、やがて「詩精神と大自然の核心との合体」(嶋岡晨「人と作品」『草野心平』昭五十・十二)というように作風が変化していった。
草野心平は四冊のカエルをテーマにした詩集を世に出している。
『第百階級』(昭三、銅鑼社刊)
『蛙』(昭十三、三和書房刊)
『定本蛙』(昭二四、大地書房刊)
『第四の蛙』(昭三九、政治公論社刊)
オ母サン
トテモキレイナ花。
イツパイデス。
イイニホヒ。イツパイ。
オモイクラヰ。
オ母サン。
ボク。
カヘリマセン。
ヌマノ水口ノ。
アスコノオモダカノネモトカラ。
ボク。トンダラ。
ヘビノ眼ヒカツタ。
ボクソレカラ。
忘レチヤツタ。
オ母サン。
サヨナラ。
大キナ青イ花モエテマス。
(『蛙』)
彼のカエルの詩は、アナキズムやプロレタリア文学など時代を色濃く繁栄しており、近世までに見られたカエルの登場する文学作品とは大きく異なっている。カエルという生き物をよく観察した上で、我々人間の現実社会のことを重ねて表現しているのてある。又、作品中カエルと蛇の関わりが随所に見られ、そのためであろうか、どことなく「死の香り」が漂っている。
第八月滿月の夜の滿潮時の歡喜の歌
十四人以上の人ぶつが同時に唱ふべき詩
ぐりりににぐりりににぐりりにに
るるるるるるるるるるるるるるる
ぎやつぎやつぎやつぎやつぎやつ
ぎやるるろぎやるるろぎやるるろ
げぶららららららげぶららららら
りりりりりりりりりりりりりりり
ぎやつぎやつぎやつぎやつぎやつ
んんんげげげんんんげげげんんん
ごりらごりらごりらごりらごりら
ぐりげつぷぐりげつぷぐりげつぷ
わひわひわひわひどどどわひわひ
げぶららららららげぶららららら
ぐりつくぐりつくいいいいいいい
がりぎりがりぎりわひわひわひ
(『第百階級』)
もう一つの草野の詩の特徴はカエルの鳴き声の表現法である。近世まで、詩歌ではカエルの鳴き声自体の表現は見られず、「かはづ鳴く」のような鳴くという行為しか注目されていなかった。鈴木健一氏は、「江戸詩歌の史的位置─蛙の鳴き声をめぐって」(『国文学解釈と教材の研究』平十一・二)で
心平の「るるり」といった多様な擬音語への創意工夫は、鳴き声に着目し、その美意識の固定化から写実へと向かう大きな流れの一齣と見なすこともまた可能である。
と述べており、心平の詩が後に大きな影響を与えたことが推測される。
わずかな作品数ではあるが、一通りの概観を述べてみた。時代、ジャンルにより文学の形は変化した。カエルの表現もその変化に合わせて変化していった。その一方で古来から受け継がれてきた表現もアレンジされつつ次の世代に伝わっていったのである。